新大阪駅から乗ったわけですが、近くに女子中学生と思われる集団がひとりの女の子をホームから見送っていました。
たぶんしばらく会えなくなるのか、なんなのかは定かではありませんけど、こうちょっとセンチメンタルな雰囲気。
あの若さと、キャーキャーした別れ時の会話に思わずこっちが恥ずかしくなって視線を背けてしまいました。
なんだろね。
んで、いざドアが閉まり電車が動き出したと同時にホームの女子達は電車と一緒に駆け出しました。
その数秒後、いきなり電車が急ブレーキで止まり、車内アナウンス。
「ただいま、ホームにて”子ども”が電車と並行して走っていましたので、一時停止致しました。」
・・・。
車内で見送られた女の子に視線が注目することになるではないですか。
恥ずかしいではないですか。
ホームの女子軍団もごめんなさい感満々ではないですか。
そのシチュエーションにすっかりこうもどかしい気持ちにはなったのと同時に、気になったのは車掌の子どもという言い方。
例えばニュース番組なんかで、「キャップを被った男」「コートを着た背が高い女」な感じで容疑者を男、女と形容する感じの響きに感じられて、いかにもその子どもたちが悪いみたいな雰囲気が。
確かに、そこでお子様がとか中学生とかは変かも知れないけれど、なんとなく子どもがと断定した言い方を聞くのは非常にネガティブなイメージを受けたわけです。
ま、そもそもお子様だとか世の子どもたちに限らず相手を敬う呼び方が主流である日本ではそう感じてしまうのはしょうがないことだけれども、あらためて言葉のニュアンスの難しさとか、日本語の独特さを感じた瞬間でした。
それ以上に、車内で急ブレーキがかかったとき手すりにつかまっていなかった僕は隣のサラリーマンに激突、持っていたコーヒーをぶちまけなかったのがなにより良かったと思っていますけれども。
言葉って面白い。
追記:最近なにかと人身事故なんかでデリケートになっている状況下で、むやみにロマンチックに例えばしばらく会えなくなる恋人が乗った電車をホームから追いかけるなんて行為は控えたほうが無難ですね。
電車が停止して、2分ほどの遅れが生じ、車内の人のブーイングを食らうこと間違いなしですから。
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