今東京のとある町に住んでいるのだけど、本当にそこ(ここ)に住んでいるのだろうかとふと思う。今日昼ごろこの町に来て初めて散歩をしてみた。駅の方向とは逆の方向に向かって。そしたら、アパートのとなりにはハイセンスなモダン住宅が実はあったりだとか、徒歩圏内にはなかなかいい感じの公園があったりとか、そんなこと、この町に住んで半年経つけれどまったくもって知らなかった。駅とアパートまでの決められた道を決められたように歩くしかこの町と関わっていなかったんだと気付いた。アパートの点と駅の点、そして会社の点とあとは、割りによく行くエリアの点。新宿とか、どこ?渋谷?いや、そんなに行かない、普段東京のどこに行ってるんだ。なんかホントに関係性が点としてそれこそそれがいくつか分散しているだけで(しかもそこまで深いつながりがあるわけでもない。事実として行く、行った程度のもの。)、広範囲に渡っての自分がそこに介在しているものがない。町に慣れていないというわけではないけど、たぶん駅からアパートまでの道のりのわずか8分程度の風景に慣れただけであって、自分がまったくもってこの町の住人ではなかったんだなと。そうなると、自分の拠点というか、ベースというか、そういうものはどこにあるんだろうって。言えるのはたぶんアパートの部屋なのでしょうね。わずか27m2くらいの空間。別にこれはどこでもいいんだろうな。町とは関係なく四方を壁で囲まれた私的空間。ま、地方から出てきて会社勤めしていてとなると、そうもなるのかな、いや、たぶん生活のスタイルだろうか。これがもっと面白い町とかだと、そこにある程度行動できるのであれば、帰属意識みたいなものも根付くのかもしれないのかな。となるとこの町はいかがなものだろうか。生活を維持するためのものは存在するけれど、それ以上の生活を楽しむためのものはないのかもしれないね。公園はなかなかいい発見だったが、機能的な町過ぎるような気がしてならない、な。ところでこの週末近所のコンビニに何回行ったことか。コンビニ、スーパー、銀行、駅、そんなものか。これだもん、最近の毎日が極論だが生命活動を維持する以上に何もない気がするのは。
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