2010年3月4日木曜日

aho

昨日テレビを観ていたら、いかにもロハスというか森というかそういった番組が放送されていて、その中で地球という存在、そしてその中で生命が誕生したという事実、そして私たち人間という存在、そういったものはとても奇跡的なことだと改めて誇張されていて、それに感銘を受けた国分太一が地球ってすごいですねとかなんとか。

そういうことを考えることってとてもばかげていると思うのは自分だけでしょうか。そういう奇跡的と捉える思考はかなり自分勝手なことだと思う。生命が誕生したことは単に条件が重なっただけだし、他の惑星には生命がないというけど、その木星なり金星なりその惑星自身も地球にはない条件が重なって出来たものだろうし。それも自分たちがいうところの奇跡だと思う。別にすべての事象を認知した上での奇跡とか言っているわけでもないし、自分の周囲の事柄のみで判断された奇跡なんて、奇跡でもなんでもないし、そもそも奇跡という言葉自体ナンセンスだと思う。確率論的に少ないものを奇跡というのかも知れないけど、事象なんてなるようにしてなったもんだし、それを奇跡だの生命の誕生は奇跡だのって賛美しているのはなんだかなと思ってしまうのです。

だってそもそも生命は存在しているじゃないですか。地球の位置があと少しずれていたら、極寒の地、あるいは灼熱の地だったにせよ、そうしたら自分たちが言うところのかぎかっこ付の生命は存在してないし、自分が存在している上でその存在を奇跡とか呼ぶのは納得がいかない。それを後から気づかされました、それってとても凄いですね、すばらしいですね、この奇跡の惑星を守っていかなければなりませんねなんていうスローガンはちょっと癪に障ります。

そういう思考自身を卑下しているのではなくて、そういった思考にいたる根源みたいなものをちょっと違うんじゃないのと言いたい。

0 件のコメント:

コメントを投稿